農業には様々なリスクがあります。NOSAIでは、農業保険(農業共済・収入保険)で収量や販売収入、ハウスなどの補償を行っていますが、作業員の確保や電気・水などのインフラ、仕入先や販売先、昨今の新型コロナウイルス感染症のまん延なども大きなリスクです。
これらのリスクに備えたり、緊急事態があったときにどのように農業を再開するかを決めておく計画が「BCP(事業継続計画)」です。他業種では、多くの企業で策定をしているものです。 このたび、公益社団法人山梨県果樹園芸会が発行する「山梨の園芸」(2022年11月号)に寄稿しましたので、参考にしてください。この機会にBCPを作ってみませんか。
BCPって何?
BCPとは「事業継続計画(Business Continuity Plan)」の頭文字をとった言葉である。
自然災害などの緊急事態が発生した場合、人員や電気・水・資金等が足りなくなることが想定される。そのような緊急事態が発生する前に、どの仕事を優先して続けるか、どうやって再開するか、ということをあらかじめ決めておく計画のことが「BCP(事業継続計画)」である。
業種別に見ると、金融・保険業におけるBCPの策定率が69.2%と最も高く、次いで情報通信業、建設業などで50%を超える高い策定率となっている。一方、農業分野は、他の業種に比べるとBCPの策定率は23.6%と低水準である。(図1)
農業経営は、自然災害に大きく左右される
近年では、過去に経験したことのない規模の自然災害が毎年のように発生し、農業分野への被害額は増加傾向にある。(図2) 震度5以上の地震は、最近10年間では平均して毎年13回発生している。山梨県でも、令和3年12月3日、東部・富士五湖を震源とする地震が発生し、大月で震度5弱を観測した。
台風は平均的に毎年3個が上陸、近年では強い勢力を保ったまま上陸し、観測史上1位となる最大瞬間風速や降水量などが各地で記録されている。
また、一日当たりの降水量が200㎜以上となる大雨や、1時間当たりの降水量が80㎜以上となる短時間豪雨の発生回数も増加している。
農業は自然と対峙する産業であるため、自然災害の影響を大きく受けてしまう。「自分の住んでいる地域では、あまり災害が起こらないから大丈夫」といった考えはもはや通用しない。
農業は自然災害以外のリスクにも晒されている
自然災害以外にも、新型コロナウイルス感染症による影響、仕入先や販売先などの取引先との関係や、従業員といった人材の問題、機械設備等の内部資源など、農業経営は多くのリスクを抱えている。(図3)
防災計画とBCPの違いについて
防災計画は、いつやってくるかわからない災害への対策のことを言う。有事に備え、防災計画を作成している事業者は多い。では、防災計画とBCP(事業継続計画)はどういった点が違うのだろうか。
防災計画は、緊急事態が発生した際に、人命(ヒト)や財産(モノ)を守ることを目的としている。例えば、災害が起こった際に、家族や従業員とどのように連絡をとるか、どこに避難させるか、といった安否確認・避難誘導についてあらかじめ検討しておくことが挙げられる。防災計画は、災害発生直後から数日程度の初動対応が中心となっている。
一方、BCP(事業継続計画)は、緊急事態が発生した際の事業の継続を目的としている。従業員が出社できない中で労働力をいかに補うかなど、災害時の限られた経営資源を活用して、いかに素早く業務を継続・再開するか、また不足している資源をいかに短時間で調達するか、といった内容である。BCPは、災害発生数日後から業務再開までの対応内容となっている。
防災計画は万全でも、BCPは不十分というケースも少なくない。緊急時には、「人の命を守る」ことがなにより最優先であるが、被害を最小限に抑え、営農を建て直し継続していくためには、防災計画だけでなくBCPの作成が必要である。(図4)
BCPは、リスクマネジメントの延長上にある
BCPは全く新しいことではなく、これまで一般的におこなってきた災害対策等(リスクマネジメント)の延長上にある。図5は、大規模台風が発生した際のリスクマネジメントとBCPの例である。
果樹の例を見てみると、大規模台風の襲来に備えて、平時からできる対策としては樹体を補強しておくこと、直前の対策としては収穫できる果実をできる限り収穫しておくことなどが、これまで行ってきたリスクマネジメントである。
ここから、樹体を補強できる資材をストックしておくことや、台風で品質が低下した果実の販売ルートを確保しておくことまで計画できれば、台風の後、素早く営農を立て直し継続することが可能となる。
これまでのリスクマネジメントとしての取組から一歩踏み込んで、災害が起こった後の立て直しについて事前に計画することがBCP(事業継続計画)となる。
BCPはなぜ必要なのか?
自然災害などの緊急事態が発生した場合、農業においては経営規模の縮小や廃業など、農業経営の危機になりかねない。BCPを作成することで、自身の農業経営におけるリスクを把握でき、さらに見直しや改善を行うことで、想定外の災害等が発生しても柔軟に対応できる。そして早期の復旧・復興が可能となり、規模を縮小・廃業することなく営農を継続することが可能となる。図6は、一般的な企業の事業復旧に対するBCP導入効果のイメージ図である。
農業は人間が生きていくために必要な食料を供給する、国の根幹産業である。災害発生時に営農を継続させることは、食料を供給する責任や、雇用・地域への貢献などの社会的使命を果たすこと、ひいては市場から高い評価を得ることにつながる。
BCPは緊急事態だけでなく、日常の経営改善にも役立つ
BCPを作成し、計画として文字に表すことで、従業員と内容を共有でき、普段の経営の見直し・改善にも繋がるというメリットがある。日常の経営改善は非常時の対応にも役立つ。(図7) また、BCPを作成することで、経営課題の解決につながる可能性もある。(図8)
BCPは難しくない!
BCPは決して難しいものではなく、長年農業を営んでいる方にとって、経験として既に備わっていることが多い。以下にあげる5つのポイントについて、自らの農業経営とあわせてイメージしながら、身近なところから取り組むことが大切である。
【BCPの5つのポイント】
①重要な事業(業務)を特定する
・緊急時において、優先して継続・復旧すべき事業を特定する
→緊急時には、利用できる人材や設備・資金が制約されるため、業務を絞りこむことが事業存続・復旧への近道になる
②復旧までの目標時間を考える
・緊急時において、主要な事業を復旧するまでの目標時間を考える。
→これによって、災害時の行動や対策が明確になる。
③取引先とあらかじめ相談しておく
・優先させる事業やその復旧時間について、取引先等とあらかじめ相談しておく。
→緊急時の対応や復旧が円滑に進むだけでなく、顧客等取引先にとっても、事前の準備が可能となる。
④備蓄品や代替策を用意・検討する
・一定期間の備蓄品(燃料、飼料等)の用意や、生産設備、調達等の代替策を検討する。
→緊急事態が発生しても、備蓄品があればその間に代替品の手配が可能となる。
⑤家族・従業員とBCPの方針や内容について共有しておく。
・日頃から緊急時における対応を家族や従業員と話し合ったり、実際に訓練を行っておく。
→緊急時におけるそれぞれの行動が明確となり、復旧までの時間を短縮できる。 簡単にBCPを作成するために、農林水産省の「チェックリスト」と「農業版BCP」を活用しよう!
チェックリストで現状を把握することから始めよう!
農林水産省では、自然災害のリスクに備えるためのチェックリストとして、「リスクマネジメント編」と「事業継続編」の2種類のシートを作成している。
チェックリストは簡単な質問に「YES」か「NO」で回答していくと、自分の経営リスクやそれに対する備えなどを確認できる。「NO」の場合には、「いつまでに対応するか」を書き込む欄があるので、期限を定めて取り組むことが促される。
●チェックリスト「リスクマネジメント編」の活用方法
①日頃からのリスクに備える
・「リスクの把握」「予防」の分類項目を用いて、自然災害等のリスクに対して、防災・減災の観点から備えておくべき項目についてチェックができる。例えば「自身の地域の自然災害リスクについて、ハザードマップで確認したことはありますか?」などのチェック項目がある。
②台風等襲来の直前対策に利用する
・「直前対策」の分類項目を用いて、台風等に特化して直前に備えておくべき項目についてチェックできる。例えば、「トラクターやコンバイン等の農業機械を高台や屋内へ移動させましたか」などのチェック項目がある。
●チェックリスト「事業継続編」の活用方法
・被災後の事業継続の観点から、ヒト・モノ・カネ、農業保険などのセーフティネット等、事前に被害を想定し、対策しておくべき事項についてチェックできる。
農業版BCP(事業継続計画書)を作成してみよう!
チェックリスト「事業継続編」の各チェック項目に、自らの経営に合わせた具体的な内容を当てはめていくと、農業版BCPが作成できる。パソコンが使える環境であれば、農林水産省のホームページに掲載されているExcel版のチェックリストを活用すると、作成がより簡単に行える。
農林水産省HP
https://www.maff.go.jp/j/keiei/maff_bcp.html
見直しが大事!
もちろん、最初から完璧なBCPを作ることは難しい。チェックリストを元に作成した農業版BCPによって、緊急事態を想定して、「現時点で何ができていて、何ができていないか」という現状の把握をすることから始めよう。現状把握ができたら、少しずつでも改善・見直しをしていくことで、徐々に実行性のあるBCPに進化させていく。
また、せっかく作ったBCPも、家族や従業員が把握していなければいざというときに役には立たない。「作成したBCPは一ヶ月以内に皆で確認する」「一年に一度は見直しをする」などのルールを作って、備えが十分か確認しよう。
MAFFアプリを使ってみよう!
MAFFアプリは、農業に携わる方に役立つ情報が、農林水産省から直接届くスマホ用アプリである。(図9)
住んでいる地域をプロフィールとして設定すると、その地域や作目、関心事項等に応じて、役立つ情報が得られる。
農業保険に加入して、リスクに備えよう
果樹栽培農家の皆さんには、自然災害への備えとして、BCPの作成だけでなく、収入保険や果樹共済などの農業保険への加入をぜひ検討してもらいたい。農業保険は国の公的保険制度で、掛金には国から補助がある。
青色申告の方は、品目の限定がなく、農業経営全体をカバーする「収入保険」への加入をおすすめしている。収入保険は、自然災害だけでなく農業者の経営努力では避けられない収入減少を幅広く補償する。果樹共済は、自然災害による果樹の収穫量の減少を補償する。
農業保険についての問い合わせはNOSAI山梨 055ー228ー4711まで
最後に
実際に農業版BCPの作成をした農業者からは、「災害の備えには普段から気を使っているつもりだったが、チェックリストを使って、色々な〝穴〟があることが分かった」、「いつどんな災害に見舞われるか分からない中、自分の経営を見直す良い機会になった」といった声が寄せられている。
大規模な自然災害が頻発し、農業経営のリスクが高まる中、これをきっかけに農業版BCPを作成し、自然災害等の備えに活かしてもらいたい。